その日はかなり強い雨が降っていて
古びたアパートの最上階の
半分屋根裏部屋みたいな作りの部屋にいた僕は
その斜めの低い天井の1割位を占めている
やっぱり斜めに取り付けられた大きな窓を、
ひっきりなしに打つ雨粒を見ながら
さらなる自己嫌悪に陥っていた。
それは4か月くらい前、
ジュネーブでのインターンがちょうど半分くらい終わった
日曜の事だったと思う。
その日に至る一週間の僕は
インターン先のsupervisorの本質をついた質問の数々で
散々自分の薄っぺらさを目の当たりにして
ひどく落ち込んでいた。
日に日にくっきり浮かび上がってくる薄っぺらさは
自分の見栄とそれに伴わない中身。
言葉を書く事が好きで
さらにそれに若干自己陶酔していた僕は
心より先に出てくる口先(手先)だけの
一見すると格好良くてちやほやされるような
文章を書いて気持ち良くなってた事に気が付いた。
貧困にあえぐ人々の力になりたい。
そのために病気を減らすんだ。
じゃあ国際機関にインターンに行って経験を積んでみよう!
凄く格好良い響き。
だけれど長年病気の蔓延する現場で命と向き合ってきた人の
あなたは何がしたいの?という質問には
胸を張って言える答えなんて一つも持ち合わせてなかった。
自分を飾って大きく見せて
ちょっとちやほやされて得意になって。
それなのに
偶然の神秘が隠れていそうな
流れる雨筋の描く模様を
さらにはその時の斜めの屋根裏部屋の世界自体さえ
どう頭を捻ってみても
偽りのない巧みな言葉で描写する事は出来なかった。
どうしようもなく落ち込んでいたけれど
やるべき事は割とはっきりしていた。
まず自分を偽る言葉を書かない事・喋らない事。
某SNSで書いていた日記をしばらく辞める事にした。
そして自分の本質と深く向き合う事。
自分は何が好きなんだ。
自分はどういう人間なんだ。
当時周辺で耳にする事が多かった言葉を使うなら
”自己分析”とでも言えばいいのだろうか。
それを始めてからというもの
自分自身への理解の足らなさに愕然とした。
インターンでの経験は
国際機関云々より
こういった意味での衝撃が本当に強くて
感想を聞かれると困惑する。
ありのままを語るにはあまりにも内面的すぎて
それを伝えられた人は片手の指すら持て余すほどしか居ない。
自分はいったい何者なんだ。
その問いかけのうちに
自然と草木に目が行く自分に気が付いた。
あぁ、忘れていたけど僕はそんな人間だった。
世界は素敵だなぁ。
もっと一日一日を、まわりの世界を
そして自分を大切にしなきゃなぁ。
自分の感じる大切な世界と感謝を
偽りのない言葉で伝えたい。
結構素敵な物を見てると思うんだよ。
自分の制御をする練習がこのブログを始めた半分の理由。
そして全部込みで伝えたかったのがもう半分の理由。
まだまだ試行錯誤なんだけれど
言葉は本当に苦手なんだけれど
やっぱり格好つけちゃうんだけど
しかも滅茶苦茶に弱い人間なんだけれど
せめて大切に思う人の前では
偽りのない自分で居たいと思うわけです。
ここら辺の言葉に嘘はないっす。
これをずっと書きたくて
何度も途中まで書いたんだけれど
今までは書き切れなかった。
小さな壁をようやく一つ越えたんだと思う。
その気持ち凄くよく分かります。
返信削除自信がない人ほど自分を大きく見せようと
するっていうのは本当だと思う。
自分のことを考えても常にそうだと思う。
本質を常に考えて、上っ面だけの人間では
なくなりたいですよね。
attyさんは自分に比べればよっぽど
できていると思いますが・・・
お互い頑張りましょう。
良いですね〜
返信削除本当に悩み、思い、考えた事は、必ず血肉になります。
前捌きのうまさの嘘に気が付いた事はとても重要!
忘れない様にね!
頭の良い人よりも、世渡りがうまい人よりも、人より早く走れるって自慢している人よりも、自分と自分の周りを、あるがままに、そのままに見れて受け入れる事のできる人の方が、ずーっとずーっと大事です。私たちは、そういう基本的な大事な事を思い出すべき時代に住んでいるのですから。人は元々、そう言う生き物だったのですから。。。